リミッティング・ファクター
DSV Limiting Factor / Bakunawa
2019年のファイブ・ディープス探検で使われた2人乗り有人潜水艇です。超深海への反復潜航と調査を目的に造られました。後にInkfishの機体となり、Bakunawaと改名されています。このページでは旧名で知られる探検記録と、その後の呼称を結び付けて紹介します。
トリエステ
Trieste
人類で初めてマリアナ海溝の最深部に到達した有人潜水艇。ガソリンを浮力材として使う「バチスカーフ」型で、巨大な浮力タンクの下に小さな耐圧球を吊り下げた構造をしています。1960年に史上初の超深海有人潜航を成し遂げました。
かいこう
Kaikō
世界で初めてマリアナ海溝の最深部に到達した無人探査機。母船とケーブルでつながれ、船上のパイロットが遠隔操作します。1995年にチャレンジャー海淵の水深10,911mへ到達し、超深海の映像と試料を採取しました。
奮闘者号
Fendouzhe
中国がマリアナ海溝の最深部到達のために開発した、1万m級の有人潜水調査船。3名が乗り込み、超深海でも長時間の調査ができるよう設計されています。中国を、自国の有人艇で最深部に到達した数少ない国のひとつにしました。
ディープシー・チャレンジャー
Deepsea Challenger
映画監督ジェームズ・キャメロンが、たった一人でマリアナ海溝の最深部に挑むために造らせた縦長の有人潜水艇。垂直に立った魚雷のような形で、海面から急降下して短時間で最深部へ到達できるよう設計されました。
うらしま8000
Urashima 8000
ケーブルで母船につながず、計画に沿って海底付近を自律航行し、音波で地形を測る探査機です。旧「うらしま」の3,500m級から大深度化され、2025年に「うらしま8000」として8,000m級での航行試験に成功しました。海底近くから観測できるため、海面上の船から測る場合より細かな地形を捉えられます。
ちきゅう
Chikyū
海底のさらに深く、地下を掘り進むための巨大な掘削船。船の中央に高さ約70mのやぐら(デリック)を備え、ライザー掘削という技術で海底下数千mまでドリルを伸ばします。地震発生帯やマントルに迫る掘削を目指す、世界有数の科学掘削船です。
蛟龍号
Jiaolong
中国の7,000m級有人潜水調査船。段階的な海上試験を経て、2012年にマリアナ海溝で7,062.68mの到達記録を残しました。7,000mという設計上の深度と、特定の試験潜航で測られた到達深度を区別して読む必要があります。
しんかい6500
Shinkai 6500
JAMSTECが運用する、水深6,500mまで潜航できる有人潜水調査船。船体は1989年に完成し、支援母船「よこすか」を含むシステムは1990年に完成、調査潜航は1991年5月に始まりました。3人が入るチタン合金の耐圧殻は内径2m。窓からの観察と、マニピュレータによる岩石・生物などの採取を組み合わせて調べます。
アルビン号
DSV Alvin
米海軍が所有し、ウッズホール海洋研究所(WHOI)が運用する3人乗りの有人潜水調査船。1964年に就役し、その後の改修で観察窓や機器、耐圧殻、潜航能力が更新されました。現在公表される6,500mという能力を、1964年から備えていたわけではありません。
ジェイソン
ROV Jason
母船から長時間連続で運用できる無人探査機。中継機メデイアと組み合わせて使い、ケーブルのゆれを吸収しながら海底で安定した精密作業を行います。研究者が船上から長時間かけてじっくり深海を調べられます。
ノチール
Nautile
フランス海洋艦隊の有人潜水調査船で、公表潜航能力は6,000m。IfremerとGenavirが運用する艦隊の一員です。チタン合金の球形耐圧殻に研究者1人とパイロット2人が乗り、窓からの直接観察、映像記録、2本のマニピュレータによる採取を行います。
ミール
Mir
ミール1号とミール2号は、シルショフ海洋学研究所が開発し、フィンランドで建造された3人乗りの有人潜水調査船です。公表される作業深度は6,000m。世界海洋博物館はミール1号を展示していますが、それだけで2隻とも正式退役したとは判断できないため、現在の潜航運用は未確認としています。
ハイパードルフィン
Hyper-Dolphin
船上からケーブルを通じて遠隔操作するJAMSTECの無人探査機です。現行の公表潜航能力は4,500m。映像観察と試料採取に加え、海底観測システムのケーブル敷設やセンサー設置・保守にも用いられます。製造年を1999年、完成を2000年とする公式資料があるため、年の意味も区別して掲載しています。
しんかい2000
Shinkai 2000
日本で初めて本格運用された有人潜水調査船。水深2,000mまで潜航でき、しんかい6500が登場するまで日本の深海調査の主力を務めました。相模湾や沖縄トラフの熱水域などで多くの成果を上げ、後継機開発の礎となりました。
バチスフェア
Bathysphere
ウィリアム・ビーブとオーティス・バートンがバミューダ沖で使った、鋼鉄製の有人潜水球。船から鋼索で吊り下げ、2人が小さな窓から海中を観察しました。自力で海底を動き回る潜水艇とは方式が異なり、船とつながる装置で深海へ降りた探査史の例です。