ブルーカーボンが危機に?海面上昇で炭素貯蔵庫が排出源へ
マサチューセッツ州環境保護局(MassDEP)は、沿岸の生態系再生に向け、ウッズホール海洋研究所(WHOI)が主導するアマモ場研究に50万ドルを拠出すると発表した。この動きは、海洋生態系が吸収・貯留する炭素「ブルーカーボン」への期待の表れだ。しかし、最新の研究は、気候変動に伴う海面上昇が、こうした貴重な炭素貯蔵庫を、逆に炭素を放出する排出源に変えてしまう危険性を警告している。
## 「海の森」アマモが持つ驚異の炭素貯留能力
アマモ(eelgrass)は、浅い沿岸域の砂地に広がる海草の一種だ。光合成によって二酸化炭素を吸収するだけでなく、枯れた葉や根が分解されにくい海底の土壌に蓄積されることで、長期間にわたり炭素を隔離する。「海の森」とも呼ばれるアマモ場は、稚魚の隠れ家や産卵場所となるなど生物多様性の基盤であり、同時に地球の炭素循環において重要な役割を担っているのだ。
今回のMassDEPによる資金提供は、このアマモの能力を科学的に評価するためのものだ。WHOIが主導する2年間の研究では、自然のアマモ場と人の手で再生されたアマモ場が、実際にどれほどの炭素を貯留しているかを定量化することを目指す。このデータは、気候変動対策としての沿岸生態系保全の価値を具体的に示し、今後の政策決定における重要な指針となるだろう。
## 海面上昇がもたらす沿岸生態系への静かな脅威
アマモ再生のような前向きな取り組みが進む一方で、沿岸生態系は地球規模の脅威に晒されている。その最大のものが、海面上昇だ。熱帯・亜熱帯域で同様にブルーカーボンの担い手であるマングローブ林を対象とした最近の研究は、この脅威がもはや看過できないレベルにあることを示している。
マングローブは、海水と淡水が混じり合う汽水域の泥の中に根を張り、複雑な生態系を形成する。その炭素貯留能力は、単位面積あたりで陸上の熱帯雨林を上回るとも言われるほどだ。しかし、海面が上昇し、常に水に浸かる状態が続くと、根が呼吸できなくなり枯死してしまう。さらに、これまで安定していた土壌が波によって侵食され、生態系そのものが崩壊する危険がある。
## 炭素吸収源から排出源への転落シナリオ
最も憂慮すべきは、生態系が死滅した後の変化だ。最新の研究によれば、海面上昇によって破壊されたマングローブ林は、単に炭素の吸収能力を失うだけではない。これまで数百年、数千年かけて土壌に蓄積してきた膨大な量の炭素を、二酸化炭素として大気や海洋へ放出する「炭素排出源」に転じる可能性があるというのだ。これは、気候変動を緩和するはずの「味方」が、逆に温暖化を加速させる「敵」に変わることを意味する。
この吸収源から排出源への転換は、マングローブ林に限った話ではないかもしれない。アマモ場もまた、水深や水質といった環境の変化に非常に敏感な生態系である。海面上昇や水温上昇が限界を超えれば、アマモ場が広範囲にわたって消失し、海底に眠っていた炭素が放出されるシナリオも十分に考えられる。まさに、気候変動のフィードバック・ループ。注目すべきは、この負の連鎖が始まる前に、いかに対策を講じられるかだ。
## 保全活動と地球規模の課題の狭間で
アマモ場の再生といった局所的な保全活動は、生態系のレジリエンス(回復力)を高める上で不可欠だ。WHOIの研究のように、ブルーカーボンの価値を定量化し、その重要性を社会に訴えることは、保全への投資を促す力になる。だが、それだけでは海面上昇という根本的な問題は解決しない。
沿岸生態系を守る戦いは、単なる自然保護活動を超え、地球全体の炭素循環と気候の安定性を左右するグローバルな課題となっている。私たちに残された時間は、決して多くはない。海の生態系が発する静かな警告に、今こそ耳を傾ける必要があるのではないだろうか。
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よくある質問
- ブルーカーボンとは何ですか?
- 海洋生態系、特にマングローブ林、塩性湿地、アマモ場などによって吸収・貯留される炭素のことです。陸上の森林(グリーンカーボン)よりも効率的に長期間炭素を隔離できるため、気候変動対策として注目されています。
- アマモとマングローブの違いは何ですか?
- アマモは海中に完全に沈んで生育する海草で、主に温帯の穏やかな湾内に分布します。一方、マングローブは熱帯・亜熱帯の汽水域に生育する樹木の総称で、根の一部が水面上に出るのが特徴です。どちらも重要なブルーカーボン生態系です。
- なぜ海面上昇で炭素が放出されるのですか?
- 海面上昇による過度の浸水でアマモやマングローブが枯死すると、光合成が止まります。さらに、これまで植物が土壌に固定していた大量の炭素が、波による侵食で流出したり、微生物に分解されて二酸化炭素として大気や海水中に放出されたりするためです。
出典
- Woods Hole Oceanographic Institution: The Massachusetts Department of Environmental Protection is supporting a two-year study to quantify carbon storage in both natural and restored eelgrass meadows in coastal waters.
- ScienceDaily: As flooding becomes too extreme, mangroves may die off and their carbon-rich soils could erode, potentially turning these coastal ecosystems from carbon sinks into carbon sources.