SUBSEA DEEP OCEAN EXPLORER
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深海

深海を養う巨大な藻の森?サルガッサム大量発生の裏側

深海を養う巨大な藻の森?サルガッサム大量発生の裏側
フロリダの海岸に、再び記録的な量の海藻が漂着するとの予測が立てられた。その主役は、ホンダワラ属の浮遊性海藻「サルガッサム」。この海藻は、美しいビーチを覆い尽くし、腐敗して悪臭を放つことから、沿岸地域の観光業や住民にとっては厄介者として知られている。しかし、この現象を海洋全体のスケールで捉え直すと、全く異なる側面が見えてくる。実はこの大量のサルガッサムが、光の届かない暗黒の世界、深海の生態系を支える重要な鍵を握っているのだ。 ## 海を漂う「黄金の熱帯雨林」 サルガッサムとは、大西洋のサルガッソ海を中心に、広大な海域を漂流する海藻の一群である。根を持たず、海面を浮遊しながら光合成を行うその姿は、海に浮かぶ巨大な森、あるいは「黄金の熱帯雨林」とも形容される。この浮遊する藻場は、それ自体が一個の独立した生態系を形成している。 小さな甲殻類や魚類の稚魚、さらにはウミガメの子供たちにとって、サルガッサムは捕食者から身を隠す絶好の隠れ家となる。日本の食卓にのぼるウナギも、その一生の始まりであるレプトケファルス幼生の時代を、このサルガッサムの森で過ごすことが知られている。多種多様な生物が寄り添い、命を育む揺りかご。それがサルガッサムの本来の姿だ。 ## なぜサルガッサムは異常発生するのか? 近年、フロリダやカリブ海の沿岸で問題となっているのは、このサルガッサムの「異常」なまでの大量発生である。その原因は一つではなく、複数の要因が複雑に絡み合っていると考えられている。 有力な仮説の一つが、南米アマゾン川から供給される栄養塩の増加だ。森林伐採や農地開発によって土壌から流出した窒素やリンが、河川を通じて大西洋に流れ込み、サルガッサムの爆発的な成長を促しているという説である。これに、地球温暖化に伴う海水温の上昇が加わり、増殖に最適な環境が整えられている。人間の陸上での活動が、遠く離れた海の生態系バランスを大きく揺るがしている。この事実は、地球が一つの連結したシステムであることを我々に突きつける。 ## 深海への贈り物「マリンスノー」 表層でその一生を終えたサルガッサムは、やがてゆっくりと深海へと沈んでいく。この沈みゆく有機物の粒子群は、暗い海中を雪のように舞い落ちることから「マリンスノー」と呼ばれる。マリンスノーは、プランクトンの死骸や動物の糞、そしてサルガッサムのような大型海藻の残骸から構成される。 水深200メートルを超えると、太陽の光はもう届かない。光合成が不可能なこの暗黒の世界では、上から降ってくるマリンスノーが、ほとんど唯一のエネルギー源だ。数千メートルの深海底に暮らすナマコやゴカイ、奇妙な姿をした深海魚たち。彼らは、遥か上方の太陽の光を浴びて作られたこの「贈り物」を待ち望んでいる。サルガッサムの巨大な塊が沈めば、それは深海の住人たちにとって数ヶ月、あるいは数年分のご馳走となりうるのだ。 ## 大量発生がもたらす深海生態系への光と影 サルガッサムの大量発生とそれに伴う大量沈降は、深海生態系にどのような影響を及ぼすのだろうか。それは諸刃の剣と言えるかもしれない。 プラスの側面は、深海への大規模な食料供給だ。大量の有機物がもたらされることで、それを食べる生物が増え、深海の生物多様性が一時的に豊かになる可能性が指摘されている。これは「生物ポンプ」と呼ばれる、炭素を表層から深層へ輸送するプロセスの強化にもつながり、大気中の二酸化炭素を海洋深層に隔離する役割を果たすという、気候変動の観点からも注目すべき現象である。 一方で、無視できないマイナスの側面も存在する。沈降した大量のサルガッサムが海底でバクテリアによって分解される際、周囲の海水中の酸素が大量に消費される。その結果、局所的に生物が生存できないほどの「貧酸素水塊」が形成される恐れがあるのだ。ゆっくりとした時間の中で絶妙なバランスを保ってきた深海生態系にとって、この急激な環境変化は大きなストレスとなり、生態系の攪乱を引き起こしかねない。 ## 表層と深層をつなぐ海のダイナミズム 海岸に打ち寄せられる厄介者の海藻。その背後には、大陸の人間活動から始まり、大西洋を横断し、ついには水深数千メートルの暗黒世界へと至る、壮大な物質循環の物語が隠されている。サルガッサムの大量発生は、私たちに海洋が表層から深層まで、一つの巨大な生命体のように連動していることを教えてくれる。 この現象が深海生態系に長期的にどのような帰結をもたらすのか、まだ解明されていないことが多い。気候変動が進む中で、サルガッサムの動態は今後さらに変化していくと予測される。表層の現象が深海に与える影響を継続的に観測し、そのメカニズムを解明することは、海洋全体の健全性を理解する上で不可欠な研究課題となっている。海の迷惑者は、実は地球の健康状態を知らせる重要なメッセンジャーなのかもしれない。

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よくある質問

サルガッサムとは何ですか?
サルガッサムは、根を持たずに海面を漂流するホンダワラ属の海藻です。多くの海洋生物の隠れ家や産卵場所となるため「海に浮かぶ森」とも呼ばれ、生態学的に重要な役割を担っています。
マリンスノーとは何ですか?
マリンスノーとは、海の表層で作られたプランクトンの死骸や生物の排泄物、海藻の断片などが、深海へ向かって雪のように沈んでいく現象のことです。光の届かない深海生物にとって、これは主要なエネルギー源となります。
サルガッサムの大量発生はなぜ問題なのですか?
沿岸部では、大量に漂着したサルガッサムが景観を損ね、腐敗して悪臭を放つため観光業などに被害を与えます。また、海洋深層では分解時に酸素を大量消費し、生物が住めない貧酸素状態を引き起こすリスクも指摘されています。

出典

  • WHOI Press Room: フロリダの海岸に、再び記録的な量の海藻が漂着するとの予測が立てられた。その主役は、ホンダワラ属の浮遊性海藻「サルガッサム」。
深海海洋生態系サルガッサムマリンスノー海洋科学