深海の雪が地球を冷やす?バクテリアが握る炭素循環の謎
モントレー湾水族館研究所(MBARI)の調査チームは、沖合の荒天により予定を変更し、水深約1,100メートルの海底で遠隔操作無人探査機(ROV)による調査を実施した。この予期せぬ計画変更が、深海の微小な生命が地球規模の気候システムに与える影響を解き明かす、新たな視点をもたらしている。最新の研究は、深海に降り注ぐ「マリンスノー」に付着したバクテリアが、海洋の二酸化炭素吸収能力、すなわち「生物学的炭素ポンプ」の効率を低下させている可能性を明らかにした。
## 悪天候が生んだ好機、水深1,100mへの挑戦
深海探査は常に自然との闘いだ。MBARIの研究航海では、当初の目的地であった「サー海嶺」の強風と高波を避け、より穏やかなモントレー湾内の「スポンジ海嶺」(水深約550m)や「中央斜面サンゴ群集」(水深約1,100m)へと調査対象を変更した。(引用1)
この決断は、単なる代替案ではなかった。研究チームはMiniROVと呼ばれる小型探査機を投入し、高解像度の海底マッピングや、機械学習を援用した最新のレーザースキャナーの性能試験を敢行。逆境を、最新技術を試す絶好の機会へと変えたのだ。暗闇と高圧の世界で活動するROVが送り返してくる鮮明な映像は、そこに広がるサンゴやカイメンの群集を捉え、生命の営みをミリ単位で記録していく。
## 深海に降り注ぐ「マリンスノー」の正体
深海は、太陽光が届かない永遠の夜の世界。しかし、そこは不毛の地ではない。海の表層で光合成を行う植物プランクトンの死骸や、それを食べた動物プランクトンの排泄物などが塊となり、雪のように絶え間なく降り注いでいる。これが「マリンスノー」と呼ばれる有機物の粒子だ。
マリンスノーは、深海に住む生物たちにとって、天から降ってくる恵みである。光のない世界で唯一とも言える主要なエネルギー源であり、深海の生態系は、この静かなる降雪によって支えられている。そして、この現象は生態系だけでなく、地球の気候にも深く関わっている。
## バクテリアが炭素吸収のブレーキになる?
ウッズホール海洋研究所(WHOI)の新たな研究が、このマリンスノーを巡る常識に一石を投じた。マリンスノーが効率よく深海に沈むためには、炭酸カルシウムの殻を持つプランクトンなどの「重り(バラスト)」が必要だと考えられてきた。しかし、研究チームは、マリンスノーに付着している特定のバクテリアが、この炭酸カルシウムを溶かしていることを発見したのだ。(引用2)
重りを失ったマリンスノーは沈降速度が遅くなる。あるいは、深海に到達する前に分解され、炭素が再び表層近くの海水中に放出されてしまう。これは、大気中の二酸化炭素を海洋に取り込み、深海へ隔離する「生物学的炭素ポンプ」と呼ばれる巨大なシステムの効率を、これまで考えられていたよりも弱めている可能性を示唆する。小さなバクテリアの活動が、地球の炭素循環という壮大なメカニズムのブレーキ役になっているのかもしれない。
## 地球は一つの「海洋惑星」である
私たちが見慣れている世界地図は、往々にして陸地を中心に描かれている。しかし、海洋学者アセルスタン・スピルハウスが提唱したように、地球を「一つのつながった海」として捉える視点も存在する。(引用3) 大西洋、太平洋、インド洋は分断されておらず、巨大な海流によって結ばれた、いわば地球の動脈だ。(引用4)
この視点に立つと、モントレー湾の海底で起きている微小な現象が、地球全体の気候変動に影響を及ぼすという考えも、より現実味を帯びてくる。ある一点でのバクテリアの活動が、海流というグローバルな循環システムを通じて、惑星規模の炭素収支に変化をもたらす。深海の研究とは、地球という生命体の健康診断に他ならない。
## 解明の先にある、新たな謎
今回の発見は、一つの答えであると同時に、数多くの新たな問いを生み出している。気候変動による海水温の上昇は、このバクテリアの活動を活発化させるのか、それとも抑制するのか。この現象はモントレー湾特有のものなのか、それとも世界の海で普遍的に見られるのだろうか。
MBARIの探査チームがそうであったように、科学の最前線は常に未知との遭遇の連続だ。人類が足を踏み入れた深海は、まだ全体のほんの数パーセントに過ぎない。その暗闇の奥深くには、地球の過去と未来を解き明かす鍵が、今も静かに眠っている。私たちの探求は、まだ始まったばかりだ。
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出典
- MBARI: Winds on day two prompted a shift from our primary dive site, Sur Ridge... Located approximately 1,100 meters (3,600 feet) underwater, this dive will be great practice for diving at Sur Ridge...
- Woods Hole Oceanographic Institution (WHOI): New study reveals how microbes dissolve calcium carbonate ballast, altering the ocean’s biological carbon pump.
- Woods Hole Oceanographic Institution (WHOI): Athelstan Spilhaus proposed centering world maps on the ocean, arguing Earth is an interconnected ocean planet...
- Woods Hole Oceanographic Institution (WHOI): Learn more about how the ocean’s complex and chaotic physics define life on our planet.