深海採掘モラトリアム——30カ国超が反対する理由
水深4,000〜5,500メートルの海底に、ジャガイモほどのマンガン団塊が絨毯状に広がっている。1個が形成されるまでに数百万年を要するこの塊を、採掘機は数時間で掘り起こす。ニッケル・コバルト・マンガン・銅を豊富に含み、電気自動車のバッテリーや太陽光パネルの原料として期待される一方、30カ国以上が採掘の一時停止(モラトリアム)を求めている。2026年、国際社会は歴史的な選択を迫られている。
## 採掘候補地・CCZに広がる「深海の生態系」
クラリオン・クリッパートン断裂帯(CCZ)——太平洋の広大な深海底に広がるこの海域は、数千種の生物が確認される生態系の宝庫だ。その多くが採掘候補区域にのみ生息する固有種とみられている。砂漠のような見た目の海底に、研究者たちが想像していなかった密度の生命が息づいていた。
採掘賛成派と反対派が激しく衝突するのも、まさにこの「知られていない」という事実をめぐってだ。どれほど豊かで脆弱な生態系なのか、その全容が解明されないまま採掘計画は前進する。
## ISAの「マイニングコード」——2025〜2026年が最終局面
商業採掘を開始するには、国際海底機構(ISA)が定めるルール「マイニングコード」への加盟国合意が必要だ。ISAは1994年に国連海洋法条約に基づき設立された機関で、公海の海底——「人類共同の財産」とされる領域——の管理を一手に担う。
そのコード策定が、2025年から2026年にかけて最終局面を迎えた。推進派のナウル・トンガなど太平洋島嶼国は、経済的利益と陸上鉱山に比べた低い環境負荷を根拠に採掘を支持する。対してフランス・ドイツ・チリを含む30カ国以上は、「生態系への影響が解明されていない段階での採掘開始には反対する」として一時停止を明言している。
## プルームが数百キロを漂流——底生生物だけでは終わらない
海洋生物学者が最も警戒するのが、採掘時に生じる堆積物の雲「プルーム」だ。集鉱機が海底を掘削すると、細かい泥が数百キロメートルにわたって漂流し、底生生物の生息地を覆い尽くす。
問題はそこで止まらない。プルームが水深200〜1,000メートルの薄明層(トワイライトゾーン)に拡散した場合、魚類の産卵場や海洋の炭素循環にまで波及する可能性が指摘されている。一度壊れた深海生態系が回復するまでの時間は数十年から数百年——場合によっては永続的な損失となる。
## 南鳥島EEZに1,600万トン——日本が抱える二重の論理
資源小国の日本は、この議論に複雑な立場で臨む。南鳥島周辺の排他的経済水域(EEZ)内には推計1,600万トン以上のレアアース泥が存在し、経済産業省とJAMSTECが採掘技術の研究開発を続けている。沖縄トラフの海底熱水鉱床も別途、調査対象だ。
資源安全保障を優先したい政府と、国際的な環境責任を果たすべきという声——この二つの要請を同時に抱える日本の立場は、多くの資源消費国が共有するジレンマでもある。日本政府はISAの交渉に積極的に関与しながら、環境影響評価の重要性を認める慎重姿勢を維持している。
## EV普及のための「深海破壊」——クリーンエネルギーの矛盾
マイニングコードの行方は、単なる資源政策の問題ではない。深海生態系は大気中の二酸化炭素を吸収・貯留する機能を担っており、採掘が炭素循環を乱せば気候変動対策の前提そのものが揺らぐ。電気自動車を普及させるための電池材料を、深海破壊によって調達する——この矛盾を問う声は、科学者だけでなく各国市民社会からも強まっている。
2026年のISA決議が、人類と深海の関係を定義する分岐点になる。持続可能なエネルギー転換が深海という「もう一つのフロンティア」を犠牲にしてよいのか。その答えを出す時間は、残り少ない。
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出典
- 国際海底機構 (ISA): 深海採掘に関する規則策定の動向
- JOGMEC: 深海底鉱物資源の調査研究